少林流空手道とは

少林流空手道とは

昔から沖縄では、空手のことを単に「手」と呼ばれていた。 その後、各地区の名称がつけられ、首里手、那覇手、泊手と呼ぶようになり、唐手、空手と名称が変わり現在に至っている。少林流は、その中の泊手に属し沖縄空手の伝統を守り、受け継がれてきた。沖縄では昔から「泊村の人は片足でも武士」と云う諺が残っている程、実戦的なために後継者が育たず、本土に於いては少林会のみが泊手の伝統を守っている。特に少林流は動物の闘争本能から色々の技法が生まれ、蹴りは低く主刀や猫足が多く見られる。

少林流の相伝

 喜屋武 朝徳  
1870年(明治3年)沖縄県首里儀保町で誕生。
文武両道にたけた御父上より空手や角力を教わる。
首里手の松村宗棍、泊手の親泊興寛に師事し、世に知られた空手道の大家となる。
 奥原 文英  
喜屋武朝徳から少林流を相伝される。昭和21年鹿児島にて開催された東京6大学ボクシング部主催の興行に飛び入り参加した話は有名である。 この話を聞き弟子入りしてきた中摩曠を、昭和25年少林流師範とした。
 中摩 曠 先代家元
1926年(大正15年)鹿児島県加治木町において誕生。
少年期に示現流剣術を通して武道に触れる。
御兄上より空手の指導を受け、昭和21年に拳聖喜屋武朝徳から少林流を相伝された奥原文英に師事する。
昭和25年、横須賀、練馬を拠点に少林流空手道を指導。
平成22年1月10日 東京都の病院にてご逝去(享年84歳)。

 岩間 統正 最高師範
1945年(昭和20年)茨城県生まれ。
幼少期より武道に親しみ、学生の頃少林流に入門。先代中摩曠家元は、私を超えたと称讃し最高師範を与えた。


 ◎全日本空手道少林会
 ◎各道場

少林流空手道 道場訓

  • 1.人格完成に努めること
  • 2.誠の道を守ること
  • 3.努力の精神を養うこと
  • 4.礼儀を重んずること
  • 5.血気の勇を戒めること